昔、会社勤めしていた頃の事。
ある部署の部長が、あまりやる気のない新人くんに向かってこう言いました。
「おい〇〇、俺とガチンコしよう。お前の欠点全部言ってやる」
そしてやる気がないだの、時間にだらしないだの、若いのに覇気がないだの、並べ立て始めました。
フロアには四十人くらい他の社員がいます。
みんなの前で罵倒された新人くんは、どんどん顔色が悪くなり、倒れるのではないかと心配になりました。
殺伐とした空気の中、他のみんなもどうなるか、という顔で心配しています。
私は見るに見かね、部長が少し黙った時に、息を盗むように言いました。
「〇〇さん、あなたの良い所、全部言ってあげるね」
そして優しいとか、素直とか、ものを大事に扱うとか、誰の悪口も言わないとか、愚痴を言わないとか、思いつく限り言いました。
新人くんは、私をまるで救いの女神のような顔で見ています。
私自身が部長に罵倒されるかも知れないし、恥をかくかも知れません。
それでも、誰ひとり味方してくれないこの状況を何とかしなくてはいけないと、勇気を振り絞りました。
周りのみんなもほっとしたような顔で、私と新人くんを見ています。
明らかに私を応援してくれている空気を感じとった私は、こう言いました。
「みんな、〇〇さん好きな人、手を挙げて」
たくさん手があがりました。
「〇〇さんに、これからもこの会社で働いて欲しいって思っている人、手を挙げて」
またたくさん手があがりました。
「みんな、ウェーブよ〜!」
まるで野球場のお客さんのようなノリで、ウェーブが起こりました。
部長でさえア然として黙っています。
「〇〇さん、今日はお疲れ様。また明日から一緒に頑張って働いていこうね。今日はもう帰りな」
新人くんはみんなの温かい笑顔の中、ほっとした顔で、何度も振り返りながら帰っていきました。
さて、ここからもうひとつしなくてはならない事があります。
そう!部長のフォロー!
だってこのままでは部長の立つ瀬がありません。
そこで私は言いました。
「みんな、〇〇部長を好きな人、手を挙げて」
たくさん手があがりました。
「〇〇部長に、これからも会社を引っ張っていって欲しい人」
やはりたくさん手があがりました。
「〇〇部長は、デスクに自分の奥さんやお子さんの写真を挟んでいて、家族思いの優しいお父さんだし、社長や専務にも信頼されているし、お客さんからも人気あるし、私たち部下からも慕われていて、本当にこの会社になくてはならない人ですよね?」
みんな頷いています。
「みんな、ウェーブよおおお」
また大きなウェーブが起こりました。
部長はギリギリさらし者にも悪者にもならず、やはりほっとした顔をしています。
「それではみんな、明日からも頑張ってこの会社を盛り上げていきましょう」
部長もみんなも、笑顔で頷いています。
その新人くんは、それからやる気を見せてくれ、良い仕事をする良い社員になってくれました。
そして〇〇部長も、部下を罵倒してやる気を出させようとするのではなく、良い所を見て、褒めて伸ばそうという考え方になってくれました。
何でも褒めれば良いというものではないし、色々な考え方、指導法、仕事に対する姿勢があって良いと思いますが、
少なくともみんなの前で罵倒して、理不尽な個人攻撃をして、何かさせたり、強引にカンフル剤を打ったりするのではなく、
きちんと個人を尊重し、人格を肯定するやり方があって良いと思います。
その日から我が社の社風は、なおいっそう良くなりました。
めでたし、めでたし。