俺の恋人は青虫

俺の彼女はモデルをやっている。

美人だしスタイルも抜群だし華もある。

連れて歩くと道行く人がみんな振り返る。

俺は鼻高々だ。

 

本屋等で、俺の彼女が表紙を飾っている雑誌を見ると、やはり嬉しいし誇らしい。

ファッションショーに出る事もあり、その前は準備がおおごとになる。

華やかで、艶やかで、本当に素敵な道を胸を張って歩いている自慢の彼女だ。

 

だが大変な面もある。

まず彼女は絶対に日焼けをしない。

過剰なほど紫外線を避け、冬でも日傘を手放さない。

日焼け止めを塗らなければ、ベランダにさえ出ないし、窓の近くにも寄らない。

部屋のカーメンは閉めっぱなしだ。

 

化粧品にかける金も半端ない。

毎月十万は払っている。

じっくり時間をかけ、丁寧に丁寧に肌を慈しんで仕上げる。

 

ストレッチも欠かさない。

時間をかけて腹筋、背筋、背中を引き締める体操やヒップを上げる体操等、それはそれは熱心に行なう。

 

勿論スポーツクラブも一日おきに通っている。

傷ついた筋肉が復活するのに、二日ほどかかるので、その方が良いそうだ。

詳しいねぇ。

 

なおかつ食べ物にも気を使う。

スイーツなんてとんでもない。

野菜ばかりだ。

お前は青虫か!と言いたくなる。

 

寝る五時間前から一切ものを食べない。

胃を空っぽにして眠る。

翌日のお肌に響くからだ。

 

夏でも冷たいものは口にしない。

アイスクリームなんてもってのほか。

水は常温。

冬はお白湯のみ。

体型に響くからだ。

 

美脚を保つ為、絶対に正座もしないし、足も組まない。

仰向けになり、足を上げて壁にかけ、丹念にマッサージを施す。

 

睡眠時間は必ず八時間。

温かい清潔な布団で眠る。

俺は邪魔しないよう静かに過ごす。

 

そして家事をしない。

手が荒れるのを防ぐ為だ。

 

将来は有名な雑誌の専属になるのが夢で、その為にはどんな努力も惜しまない。

モデルとしての幹を太くして、世界に通用する存在になると豪語している。

 

俺は彼女が好きだ。

器量も性格も良いし努力家だし、夢を持っていてやりたい事もはっきりしている。

特にやりたい事もない若い女とは断然違う。

 

だが結婚となると躊躇する。

体型が崩れるのを防ぐ為に子どもは産みたくないらしいし、家事は全然しないし、常に仕事優先だし。

子どもを産んでもスタイルを維持している人は沢山いるよと言っても、まるで聞く耳を持たない。

俺も彼女も二十五歳だし、そろそろ結婚を考えて良いと思うが、どうも踏ん切りがつかない。

一般の女の子を選べば良いかとも思うが、やはり彼女が好きだ。

顔を見るたびに、やっぱりこの子が好きだと思いを強くする。

支えてやりたい気持ちもある。

 

今日も彼女は撮影があると言っていそいそと出かけていく。

冷えを防ぐ為にだるまのように着ぶくれている。

手には日傘。

絶対に転んで怪我をしない為に、足元はスニーカー。

 

俺は会社勤めをしながら、来る日も来る日も、料理、後片付け、掃除、洗濯、ゴミ出し、布団干し、何もかもやっている。

せめて分担して欲しいが、とにかく手を荒らしたくないと言って、まったくやらない。

俺は会社でも家でも休む間もなく働き詰めで、全然リラックスなんて出来ない。

しかも自分の好きなものではなく、彼女に合わせた料理を日々作っている。

疲れる。

 

友達はどんどん結婚している。

子どもが産まれたり、楽しそうにしているのを見ると、素直に良いな、俺も、と思う。

道で赤ちゃん連れの人を見ると羨ましくなる。

 

俺と彼女はこれからもずっとこのままなのかな。

モデルとしてどうなるか分からない。

収入も安定せず、良い時はまとまった金が入るが、学生のアルバイト代くらいのギャラの時もある。

会社員の俺が擁護してやらなければ、と思う。

 

さあ、そろそろ食事の準備をしよう。

野菜、野菜、と…。

青虫さん、こんなメニューでいいかな?

 

ああ、たまには肉食いてぇ。

魚食いてぇ。

彼女中心に生活がまわっている。

彼女優先に人生が展開している。

俺の人生はどこだ?

 

誰か教えてくれ。

俺はどうすれば良い?

 

青虫さん、もう少し何とかしてくれよ。