おじさん、パンツを絞ってくれ。

この春、高校を卒業した俺は、東京で念願のひとり暮らしを始めた。

勿論、風呂無し、トイレは共同、四畳半ひと間の超ボロアパートの一階だ。

ベランダも無く、曇りガラスの窓を開ければすぐ隣りに別のボロアパート。

家賃は一万円。壁は薄く、エアコンも冷蔵庫も洗濯機も何も無い。

 

だがそんな事はどうだっていい。

ついにあの鹿児島のど田舎から出てきたんだ。

これからは都会人として胸を張って生きるぞ。

いつか小綺麗なマンションに住んでやるって野望も持っているんだ。

洗濯機がない為に、毎日たらいに洗剤を入れ、手洗いして窓の外に干している。

不便っちゃ不便だけど、ここの住人はみんなそうなんだ!

まあいいさ。

 

仕事は遊園地の清掃係。

いつも家族連れで楽しそうに遊んでいる奴らや、遊園地内にあるレストランで食事している恋人たち、

お土産コーナーで山のように買い物をしている金のありそうな輩を横目に見ながら仕事をしている。

俺もいつか、そっち側になってやるからな。

見てろよ、おい!

 

仕事終わりに銭湯に行き、スーパーで消費期限ギリギリの値下がりした弁当を買って

アパートで食い、クタクタになって寝る。

この繰り返し。

給料日には自分へのご褒美として缶ビールを一本だけ飲む。

いいんだ、いいんだ。

まだ若ぇし、特に不満はねぇよ。

不満なんてものは。

 

そうさなぁ、しいて言えば…。

 

上の部屋に住んでいるおじさん。

洗濯物を干す時は、よく絞ってから干してくれよ。

せっかく洗って干して乾いた俺の洗濯物に、おじさんのパンツのしずくがかかるのは嫌だぜ。

…なぁ、おじさん。…頼むよぉ…。

 

って、言えねえけど…。